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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)1728号 判決 1989年5月23日

控訴人 東京華商協同組合

右代表者代表理事 陳敏雄

右訴訟代理人弁護士 福岡清

山崎雅彦

小林伸年

被控訴人 三幸総業株式会社

右代表者代表取締役 細田浩

被控訴人 岡地義夫

右訴訟代理人弁護士 大野重信

被控訴人 青木茂

主文

一  原判決中、被控訴人三幸総業株式会社に関する部分を、左のとおり変更する。

被控訴人三幸総業株式会社は控訴人に対し、金二億円及びこれに対する昭和六〇年二月一日から支払ずみまで一〇〇円につき日歩八銭の割合による金員を支払え。

二  控訴人の被控訴人岡地義夫、同青木茂に対する本件各控訴を棄却する。

三  控訴人と被控訴人三幸総業株式会社との間に生じた訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人三幸総業株式会社の負担とし、控訴人と被控訴人岡地義夫、同青木茂との間に生じた控訴費用は控訴人の負担とする。

四  この判決は、控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1(二)(被控訴会社の設立等)の事実は当事者間に争いがなく、同1(一)(控訴人の設立等)の事実は控訴人と被控訴会社、同青木との間で争いがなく、被控訴人岡地との間では≪証拠≫によりこれを認めることができる。

二  請求原因2(本件手形取引契約)、同4(本件貸金)について

(一)  請求原因4の事実のうち、控訴人から被控訴人に対し本件各貸付があつたことは当事者間に争いがなく、右争いない事実と前項の認定事実に、≪証拠≫並びに原審証人所賀崇の証言及び右被控訴人本人尋問の結果により本件手形取引契約に際し控訴人に差入れられた手形取引約定書(以下「本件手形取引約定書」という。)と認められる甲第一号証の存在を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(1)  細田、被控訴人岡地、同青木ほか四名は、昭和五三年七月一八日被控訴会社の発起人として定款を作成し、被控訴会社の設立に際し発行すると定められた株式四万株のうち三万九〇〇〇株を引受け、同月二八日東京法務局所属公証人により右定款の認証を受け、株式引受の申込をしていた吉田達司に対し一〇〇〇株を割当て、同日右株式すべての払込がされて、被控訴会社の創立総会が開催され、細田、被控訴人岡地、同青木ほか一名が被控訴会社の取締役に選任された。

(2)  細田は、被控訴会社の設立登記前である同年八月三日被控訴会社の代表取締役として、控訴人との間に本件手形取引契約(請求原因一項2(一)(1)(2)記載の約定を含む。)を締結し、控訴人に対し本件手形取引約定書を差入れた。細田は、前同日控訴人から融資の実行として事業資金のため五〇〇〇万円を借受け、その際年一三・一四パーセントの割合による三二日分の利息の天引をうけた。

(3)  被控訴会社は、同年八月九日設立登記がされ、細田が代表取締役に就任した。

(4)  被控訴会社は、前記借入金五〇〇〇万円につき、ほぼ一か月毎に年一三・一四パーセントの利息を支払い、昭和五四年一月五日元利金を返済した。右利率は、本件手形取引契約中の利息は控訴人の指定する利率により支払うとの約定に基づき、控訴人が指定したものであつた。

(5)  被控訴会社は、昭和五三年一〇月二七日事業資金のため控訴人から一〇〇〇万円を借受け、その際前同様の理由で控訴人が指定した年一三・一四パーセントの割合による一五日分の利息の天引をうけたが、同年一一月九日元利金を返済し、二日分の戻し利息の支払をうけた。

(6)  被控訴会社は、いずれも事業資金のため昭和五四年一月一〇日控訴人から四〇〇〇万円を弁済期同年七月一〇日の約定で、同月二六日一億六〇〇〇万円を弁済期同年七月二六日の約定で、各借受け(本件貸金である。)、その際いずれも前同様の理由で控訴人が指定した年一三・一四パーセントの割合による三二日分の利息の天引をうけた。右利息(弁済期経過後は損害金)の利率は、その後控訴人の指定により、前者につき昭和五五年四月一一日から、後者につき同月二七日から年一四・六〇パーセントと、両者とも昭和五七年四月二日から年一四・一二五パーセントと、昭和五九年六月一日から年一三・〇〇パーセントと変動した。被控訴会社は、昭和五七年六月ころまではほぼ一か月毎に右利息(損害金)を支払つたが、同年七月から遅滞することが多くなり、昭和六〇年二月からは全く支払わなくなつた。

(7)  被控訴会社は、昭和五五年三月八日事業資金のため控訴人から七〇〇万円を借受け、前同様の理由で控訴人の指定した年一四・六〇パーセントの割合による三〇日分の利息の天引をうけ、同年四月一〇日元利金を返済した。

(8)  細田は、昭和五九年一一月ころ被控訴会社の代表取締役として控訴人事務所を訪れ、本件貸金の返済について話合をした。(この際被控訴人岡地が同道したことがあることは認められるものの、原審における控訴人代表者尋問の結果中のこのとき被控訴人岡地は本件貸金について連帯保証人として返済義務あることを認めたとの供述は、原審における被控訴人岡地本人尋問の結果に照らしにわかに措信することができない。)

(9)  被控訴会社は、昭和五九年一二月一〇日事業資金のため控訴人から七〇〇〇万円を借受け、前同様の理由で控訴人の指定した年一三・〇〇パーセントの割合による五三日分の利息の天引をうけ、昭和六〇年三月一八日元利金を返済した。

(二)  以上の認定事実によれば、被控訴会社が本件手形取引契約を締結した当時、被控訴会社は未だ設立登記がされておらず、いまだ設立中の会社に過ぎなかつたが、設立中の会社においては、たとえ創立総会において取締役が選任された後であつても、その執行機関は、依然、発起人であつて、取締役ないし代表取締役が設立中の会社を代表して法律行為をすることはできないと解すべきであるから、細田が被控訴会社の代表取締役として控訴人に本件手形取引約定書を差入れて控訴人と本件手形取引契約を締結したからといつて、その法律効果が設立中の会社に帰属することはなく、その後設立登記がなされて被控訴会社が設立されても、細田の右行為の効果が当然に被控訴会社に帰属するということもできない。

また、細田は、被控訴会社の発起人の一人であるから、細田が被控訴会社の発起人として右行為をしたと解する余地がないでもなく、控訴人は、これを前提に、本件手形取引契約の締結は、被控訴会社の資本の充実に何らの影響も与えるものではないから、これを有効と解すべきであると主張するのであるが、手形取引契約の締結は、会社の設立に関する行為ではなく、いわゆる開業準備行為にあたると解されるところ、発起人には開業準備行為一般につき、これをなす権限はなく、ただ、そのうち財産引受についてのみ法定の要件を満たした場合に限りその法律効果が設立後の会社に帰属するものとされているのであつて、本件手形取引契約の締結が財産引受に当たらないことは明らかであるから、仮に細田が被控訴会社の発起人として本件手形取引契約を締結したとしても、その行為の性質如何にかかわらず、その法律効果が被控訴会社に及ぶとすることはできない。

(三)  しかしながら、被控訴会社は、本件手形取引契約締結と同日に控訴人から五〇〇〇万円を借受け、設立後において、本件手形取引契約の約定に基づき控訴人が指定した利率による利息の支払を継続し、この元利金を返済した後、さらに、本件手形取引契約の存在を前提として、控訴人から本件貸金を借受け、これについて本件手形取引契約の約定に基づき控訴人が指定した利率による利息(弁済期経過後は損害金)の支払を継続していたのであるから、控訴人と被控訴会社は、被控訴会社の設立後遅くとも本件貸付が行なわれるまでの間に、新たに本件手形取引契約と同一内容の手形取引契約を黙示的に締結したものと認められる。したがつて、本件貸金について、本件手形取引契約で定められた遅延損害金に関する約定が適用されるというべきである。

(四)  以上により、被控訴会社は控訴人に対し、本件貸金二億円及びこれに対する弁済期後の日である昭和六〇年二月一日から支払ずみまで約定による一〇〇円につき日歩八銭の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

三  請求原因3(本件連帯保証契約)について

(一)  被控訴人青木が控訴人との間に本件連帯保証契約を締結したことは当事者間に争いがない。

(1)  ところで、控訴人の被控訴人岡地、同青木に対する各請求は、本件手形取引契約に基づく被控訴会社の債務について、本件連帯保証契約に基づきその履行を求めるものであるところ、前示のとおり細田が被控訴会社の代表取締役としてあるいは設立中の会社の発起人としてなした本件手形取引契約の効果は被控訴会社には及ばないと解されるから、本件連帯保証契約はその主たる債務が発生しなかつたことになり、連帯保証責任は生じなかつたというべきである。

ただ、被控訴会社が設立後に本件手形取引契約と同一内容の手形取引契約を黙示的に締結したと認めるべきことは、先に認定したとおりであるが、新たに締結された右契約について、被控訴人岡地、同青木が何らかの関与をし、または新たに連帯保証をしたと認めるに足る何らの証拠もない。

(2)  次に、控訴人は、細田は発起人として本件手形取引契約を締結したことにより、民法一一七条が類推適用され、無権代理人として右契約上の債務を履行すべき義務を負担するに至つたものであるところ、被控訴会社は、設立後、細田から右契約上の地位を譲受けたものとして本件手形取引契約の債務の履行の責任を負う旨主張するけれども、仮に民法一一七条の類推適用により細田が右債務を負担し、また被控訴会社が設立後に前示のように本件手形取引契約の存在を前提として借入、利息返済等の行為をしたことにより、細田から右契約上の地位の譲渡を受けたものと解する余地があるとしても、被控訴人岡地、同青木の連帯保証が細田の債務に対するものとなることはなく、また被控訴会社が設立された後、被控訴人岡地、同青木が新たに被控訴会社と控訴人との間に締結された手形取引契約に対し連帯保証をしたと認めるに足る何らの証拠もないことは先に認定したとおりである。

(3)  さらに、控訴人は、細田が締結した本件手形取引契約は、被控訴会社の設立後、被控訴会社によつて追認されその効果が被控訴会社に帰属した旨主張するが、発起人のした開業準備行為のうち法定の要件を備える財産引受に該当しないものは、設立後の会社が追認したとしてもその効力が生ずると解することはできない。

(二)  以上により、控訴人の被控訴人岡地、同青木に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、これを認めることはできない。

五  よつて、控訴人の被控訴会社に対する本訴請求はすべて認容すべきであり、被控訴会社に対する本件控訴は理由があるので、原判決中被控訴会社に関する部分を主文のとおり変更し、控訴人の被控訴人岡地、同青木に対する本訴請求は棄却すべきであり、右被控訴人らに対する本件控訴は理由がないので、これを棄却する

(裁判長裁判官 野﨑幸雄 裁判官 篠田省三 関野杜滋子)

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